細馬宏通による草原真知子コレクション探索——明治期の視覚文化を伝える本棚との邂逅。研究者の眼差しで、レンズや鏡といった物質的装置から、それらを理解するための科学啓蒙雑誌、そして時代とともに進化する付録文化へと遡る。子どもたちを惹きつけた幻灯、ゾートロープ、そして映画へ。光と視覚の仕掛けに満ちた明治の世界を、コレクションを通じて再発見する対話。
本棚の紹介
ドミニク・チェン
まず数分間この部屋を見渡していただいて、今日はどの資料について語るかを選んでいただければと思います。ちなみに先日、エルキ・フータモ先生は十九世紀末に京都のライト商會で購入された幻灯機についてお話しされていました。
細馬宏通
草原先生のコレクションは、まず「もの」としてのレンズ類がたくさんあって、それ自体が非常に魅力的です。しかし一方で、それらの「もの」を理解するための文献資料もものすごく集めておられる。たとえば今、目の前にあるのは『中学世界』や『少年世界』のバックナンバーですね。明治20年代から30年代にかけて、少年雑誌というジャンルが生まれるんですが、これらは面白おかしい小説だけでなく、科学的な知識を啓蒙する内容が豊富に載っていました。幻灯の仕組みの解説であったり、新しい視覚遊具の紹介であったり。明治30年代になると映画が出てきますが、「動く絵」がどうやって映るのか、といった解説もわかりやすく掲載されていくんですね。
僕らは物を見ると「面白いな」と思うわけですが、当時の人たちがそれをどう面白がっていたのかがわかると一層楽しい。草原先生はそのために当時の文献をずいぶん集めておられます。今なら国会図書館のデジタルアーカイブでバックナンバーを閲覧できますが、実物の雑誌を開いて、目次に何が載っているか、どんな記事が並んでいるかを見るのは格別です。では一冊開いてみましょうか。『少年世界』の明治三十二年——これはかなり古いですね。手前にある『中学世界』を見てみましょう。目次を見ると、文芸記事に加えて「理科算数」という欄があり、「アリと植物との共生」といった記事が載っている。こうした科学実験の記事や視覚玩具の解説が、当時の少年雑誌には頻繁に掲載されていたんです。
明治期の科学啓蒙雑誌「中学世界」「少年世界」
ドミニク・チェン
これらの雑誌は一般の商業紙だったんですか? それとも学校で推奨されるようなものだったのでしょうか。
細馬宏通
子供たちが自分で楽しみに買って読んでいたものです。出版元は博文館という、当時の大手出版社ですね。当用日記という日記帳を出したり、日露戦争の写真集を刊行したりして大いに儲けていた。そこが出していた雑誌が『中学世界』や『少年世界』でした。
ドミニク・チェン
よく売れていた目玉商品だったんですか。
細馬宏通
こういう雑誌を読んで、学校の勉強以外にも、幻灯の仕組みはこうなっているんだとか、この絵はこうやって見ると楽しいんだなとか、子供たちは余計な知識をいろいろ仕入れていたわけです。
ドミニク・チェン
現代で何か相当する雑誌って思いつきますか? たとえば学研の「大人の科学」とか、付録付きのものを思い出しますね。
細馬宏通
「大人の科学」はもともと小学生向けの「科学と学習」という雑誌から派生したものですね。昔は学校で売っていたりして、私もそれを愛読していました。付録がかなり魅力的で、ずいぶん勉強になった記憶があります。
ドミニク・チェン
明治のこの当時は、付録付きというのはまだなかったんですか?
細馬宏通
もう少しすると出てきます。まず紙ものの付録が登場するんですね。たとえば絵はがきが流行るようになると、ミシン目で切り取れるように綴じ込んだり、もう少し大判になると、すごろくを折りたたんで入れたりしました。科学すごろくとか名所すごろくといって、科学実験をしていくとゴールで何かが完成するとか、いろんな名所を巡れるとか、そういうものがあったんです。
ドミニク・チェン
現代の「大人の科学」には、幻灯機などの部品がバラバラになっていて自分で組み立てるような付録がありますが、当時にもそういう実物を作れるような付録はあったんでしょうか。
細馬宏通
それも、もう少し時代が下ると出てきます。戦前の昭和期にはもうありました。私が見たことがあるのは「ゾートロープを作ろう」というものです。もちろん立体的な部品をそのまま付けるのは大変なので、紙製で折りたたんであって、切り取り線に従って切って組み立てると視覚玩具ができますよ、というものですね。だから付録文化というのは戦前からずっとあるんです。
ドミニク・チェン
へぇ、面白いですね!
細馬宏通
そういう意味では、紙ものがとにかくたくさんあるというのがこのコレクションの大きな特徴で、そこをもう少し掘っていきたいと思います。
雑誌の付録文化——紙もの資料の広がり
細馬宏通
紙ものの資料にもいろんな種類があります。幻灯を描いた版画や広告。たとえばマジックランタンの広告がありますね。それから、幻灯そのものというよりは、幻灯で映し出される丸い光のイメージを意匠として、デザインとして使ったもの。小林清親——光学的な錦絵を描いたことで有名な絵師ですが——の作品なども含まれています。さらに、様々なレンズ物のカタログもある。
ドミニク・チェン
「唐物類」「鏡類」と記されていますね。
細馬宏通
「ギヤマン生石類」、それから「遠眼鏡類」とありますね。「遠眼鏡」——望遠鏡のことですが——この呼び方がいい。レンズ物がカタログの中にあちこち入っています。こうした光学機器が一括してカタログ化されているところが、まさに新しい時代の到来を感じさせるものですね。
幻灯ふりわけすごろく
ドミニク・チェン
こちらは何ですか?
細馬宏通
これはすごろくです。「ふりわけすごろく」というものがあって、人間の人生や運命を左右あるいは上下に振り分けて、さいの目によって地獄にも天国にもたどり着けるという遊びですね。その一種で、「幻灯ふりわけすごろく」と書いてあります。おそらく、すごろくのコマの一つ一つが幻灯機の丸い映像の形になっていたのではないかと推測します。
ドミニク・チェン
せっかくなので広げてみましょうか。
橋本典久
復刻版ですね。
細馬宏通
復刻版ですが、何が書かれているかを知る上では十分です。広げる前に少し説明すると、「こうすれば世界がわかる」というわけで、幻灯をモチーフにしていますが、実際に描かれているのは様々な偉人たちの姿です。最初は学校から始まって、上がっていくと小野妹子になるか、司馬光になるか——つまり学校を出てだんだん偉い人になっていこうという、「大人になったら何になる?」という遊びなんですね。
ドミニク・チェン
国民国家的な教育の香りを感じますね。
細馬宏通
〔すごろくを広げて〕こういう感じです。ふりわけすごろくは大抵下の方から始まって、ここが振り出しですね。子供の絵が描いてあって、先生に教わっている場面から始まる。「民のかまどは煙を出している」——仁徳天皇のエピソードですね。最初は野遊びだとか、身近なところから出発する。ここにサイコロの目が書いてあって、「1が出たら三年ノ木」とか、「始末」「光復」とかいろいろ書いてあります。
ドミニク・チェン
現代のすごろくや人生ゲームのように道順が描かれていないんですね。
細馬宏通
そうなんです。これは「飛びすごろく」といって、順番に進むとは限らない。サイコロの出た目によって、いろんなところに飛べるわけです。平面上に配置されたコマの中で、たとえば「一を出すと三本の木」に行ける。三本の木でまたサイコロを振ると別の場所に行くという仕組みですね。運が悪いと「不幸者」になったりもする。
ドミニク・チェン
ゲームブックのような感覚ですね。
細馬宏通
そんな感じです。結構道のりが長くて、学校に上がるのもだいぶ先です。ようやく小学校に到達して、飛び級で2を出せば大学にも行ける。さすがにやりすぎな気もしますが。
ドミニク・チェン
「工学」がど真ん中に配置されていますね。
細馬宏通
やはり工学——ウィリアム・バートンなどもそうでしたが——工学院の先生、つまり工学者になるのが一つの理想的な道筋ですね。そのうちに偉人になっていく。一番上まで上がると、工学士になったり、商人、農民、いろんな人になれますが、とにかくいい大人になって後生楽に暮らせるというのがゴールです。ワシントンから上がりになるという不思議なルートもある。
ドミニク・チェン
ワシントンもいて、司馬光もいて。和洋折衷ですね。
細馬宏通
世界各国の偉い人が混在しています。ワシントンまで行ったのにまた中学に戻ったり、ワシントンから森蘭丸に行くルートもある。織田信長ではなく蘭丸というところが面白い。
橋本典久
最終的には全員が上がれるんですか?
細馬宏通
ゴールに到達するとそこから先はないので終わりです。そこに行くまでは紆余曲折があって、戻ったりもする。五人で遊んでいても、四人が上がった後に一人だけうろうろしている、なんてこともありえますね。全員が上がるまで待つ子もいれば、一人が上がったらやめてしまう子もいたでしょう。
ドミニク・チェン
偉人のセレクションが独特ですね。
細馬宏通
「一豊の妻」もあります。こうした女性の偉人が入っているということは、女の子も一緒に遊べるものだったのでしょう。
橋本典久
「不幸者」で終わりにはならないんですね。
細馬宏通
「不幸者」に落ちても、そこからまた三本の木に戻ったりして、やり直すことができます。救済の道があるんですね。
細馬宏通
そして、一コマ一コマが丸くくり抜かれた形になっている。つまり幻灯のシーンが一望のもとに並んでいるわけです。
ドミニク・チェン
開国の香りがしますね。
細馬宏通
もっとも内容は幻灯とはほぼ関係なかったりしますが(笑)。
一望の精神——すごろくとパノラマの接点
橋本典久
いろんなイメージが次から次に浮かび上がってきますね。
細馬宏通
敢えて言えば、このすごろくの場面が、いわゆる「幻灯会」に似ているんですよね。幻灯機こそありませんが、弁士がいて、オルガンで音楽を鳴らして——さながら無声映画のように伴奏と語りがついている。そして幻灯の絵があり、教育的なことをいろいろ語る。幻灯会的な雰囲気ですね。
橋本典久
聴衆として描かれているのは大人ですよね。
細馬宏通
大人も子供も聴いていますね。青年くらいの人物も見える。そんなにお子様向けという雰囲気ではありません。もう一つ面白いのは、すごろくが一覧になっているところです。振り出しからゴールまで全部見渡せて、人生がどうなっているかが一望できる。こういう「一望感」——ひと目で全体がわかるという感覚は、明治期の大事な視覚的精神だと思うんですよね。
ドミニク・チェン
レイアウトが仏教の曼荼羅のようですね。シンメトリカルに配置されていて。
細馬宏通
実際にはふりわけすごろくは明治に始まったというよりは、江戸期に中国・朝鮮半島あたりから渡ってきたもので、幕末の頃にはもう大量に出回っていました。これはその明治版という感じです。
ドミニク・チェン
モチーフとして幻灯機を使い、円形のイメージで構成しているということですね。
細馬宏通
明治も江戸も、何かを見渡したいという欲望があったということがわかる。その欲望がこうした視覚文化に結実しているわけです。
細馬宏通
これは復刻なので紙質もいいですが、こういうものを草原先生があれこれ見ながら考え事をされていたんだなということがよくわかりますね。
パノラマ関連資料への展開
細馬宏通
さて、この本棚のセクションを見ると、大きな絵がたくさんあるのはすぐわかりますが、私として特に注目したいのはパノラマ関連の資料です。
細馬宏通
なぜかというと、2020年頃——早稲田に赴任してきてしばらくして、草原先生と恵比寿の写真美術館のそばの喫茶店でずっとパノラマの話をしたことがあるんです。パノラマ館というのは18世紀に発明されて、19世紀にものすごく流行りました。いろんなところにパノラマ館が建ち、日本にもたくさんできた。草原先生はヨーロッパのパノラマもあちこち訪問しておられて、私も一応ヨーロッパの現存するパノラマはほぼ回ったことがあるんですが、どの話をしても「それはですね」と返してこられる。こんなパノラマ好きの人は見たことがないという感じでした。
細馬宏通
そのパノラマ好きが尋常でないという証拠がここに現れています。日本のパノラマで代表的なのは浅草と上野で、文献もいろいろ残っていますし、パノラマ図会もたくさんあります。五姓田一家をはじめ、いろんな絵師がパノラマ画を描いています。しかし問題は、東京のパノラマだけではなく、地方にもいろんなパノラマが実はあったということなんです。地方のパノラマの図会はなかなか出回っていなくて、手に入りにくい。ところが草原先生は、成田のパノラマ、名古屋、愛知、大阪、セダン——これはおそらくフランスのスダン——それから琴平というように、パノラマ好きの間でもあまり持っていないタイプのパノラマ図会をお持ちなんです。
細馬宏通
私がなぜ惹かれるかというと、大阪は天王寺にパノラマ館があったんですが、その中身がどうなっていたか、実はあまり詳しく知られていない。それからセダンのパノラマというのは、森鷗外——鷗外の日記にセダンのパノラマを見たという話が出てくるんです。前田愛さん——『都市空間のなかの文学』の前田愛さんですが——がそのパノラマについてかなり詳しく論じておられる。セダンのパノラマは、1980年代の都市論を勉強した方なら興味をそそられるものでしょう。
ドミニク・チェン
これですね。
細馬宏通
ここでちょっと大興奮という感じですけれど。パノラマ館で配っていた図会にはいくつかのタイプがあります。典型的なのは、こういう丸い形のものです。パノラマ館の中に何が描かれているかを、円形にして真上から見下ろした構図で描いてある。これがおそらく大阪のパノラマ図会ではないかと思います。「なんば新地」という文字が見えますね。
ドミニク・チェン
広げて見てみましょうか。
細馬宏通
結構貴重なものだと思います。広げてみましょう。
ドミニク・チェン
これを撮影ブースに持っていって、じっくり見ましょう。
細馬宏通
いろいろ申し上げましたけれど、やはり私としてはパノラマの中でも、大阪、セダン、そして琴平——こんぴらのことですね——の図会がどうも怪しい。これを選びたいと思います。
ドミニク・チェン
では撮影ブースに持っていきましょう。